ミイとタヌキ

写真はミイ(とlady)です。
もう17年も生きています。
捨て猫でしたが、母が拾ってきて飼いはじめました。
写真はありませんが、タヌキはミイの子供です。
2匹とも雌ですが、不妊手術済みです。
ハムスターやladyを目の前に出しても何もせずに目で追っているだけです。しかし、蛇の餌の活きマウスを目の前にちらつかせてみると、血相を変えて私の後を追いかけてくるので、狩猟本能は衰えていないようです。
他の生き物たちは何の役にも立っていませんが、猫たちは別です。私の家は兼業農家ですが、物置小屋のネズミ退治という立派な業務に就いてもらっています。
最近はネズミを捕まえてくることもなくなりましたが、不思議なことに、物置小屋にネズミは現れません。
長い間一緒にいると、お互いの行動パターンが読めてきて、性格づけも完全にできあがっているので、人間同様の扱われ方です。
ネコマタになろうが、化け猫になろうが、長生きしてもらいたい、心からそう思います。
追記
ミイは、2002年11月23日、推定享年20歳にて永眠しました。
以下は当日の私の日記より。
2002年11月23日
今朝は、猫のミイは、座ってもいられなくなったのか、横たわっていた。
午前中はそれでもまだ、時折鳴くだけの体力があった。
昼近くなると、鳴き声はなくなり、前脚をたまに伸ばすだけになる。
午後を過ぎると、前脚は伸びたままで、曲がらなくなる。
今は夕方近いのだが、浅い呼吸の際の腹部の動きと痙攣で、辛うじて「生きている」事が分かる程度で、殆ど死体だ。
瞳は見開かれたままで、瞳孔にも殆ど変化がない。
撫でてみるが、その体はひやりと冷たい。
母が、今日出勤している妹が帰ってくるまで持ちこたえてくれ、と、ミイに話しかけている。
しかし、家族中が悲嘆にくれているという訳でもない。
ストーブを焚きっ放しの居間で寝ているミイの傍らでテレビなど見ている。
命あるものいつかはこの世を去るのだし、ミイの場合は大往生の部類だろうから、諦めもついているし、悔いもない。
この期に及んで、私達にとりたてて出来ることなどないが、皆で見送りたいと思うのは、最後の私達のエゴか。
追記−PM8:00
その後、また私が居間に戻り、蜜柑など食べながら妹以外の家族3人でテレビを見たり、新聞を読んだりしていた。
何となく居間を離れる気にならなかったのだが。
妹が定時きっかりで仕事を終え、6時位に帰宅したのだが、そこでミイを触ったところ、既に呼吸は止まっていた。
まだ体は柔らかく、体温も残っていたので、死からそれほど経ってはいないとは思ったが。
・・・3人がすぐ側にいながら、誰もミイの死の瞬間に気がつかなかった。
良いのか悪いのか分からないが…家族が揃った居間で、さりげなく空いたソファに座っていたり、いつのまにかテーブルの下にいたりといった、「主張なく存在する」事が上手だったミイらしい最期だろうか。
仏壇の前に遺体を安置し、線香をあげて、読経し、今晩一晩置いてから、明日に柿畑の片隅に埋めることにする。
悔いがないので、悲しくはないし、誰も泣かなかった。
ただ、20年近くもこの家に存在していた猫だ。
日が経つに従って、喪失感が大きくなっていくとは思う。
そうなるまで飼いきれた、天寿(20年ならばそう考えてもいいと思うが)を全うできた、それを思うとむしろ、ねぎらいと感謝の言葉で送るのが相応しいのだろう。
明日の埋葬の前には、何と言おうかと考える。
2002年11月23日 没
ミイ(猫・雑種)
享年20才(推定)